拡がる幹線路への矢羽根整備

また新たに幹線道路への矢羽根設置です...

 

 

 もう珍しくも何ともなくなっていますが。 

 写真は大阪府茨木市の西駅前交差点、大阪府道14号(通称「産業道路」)に同129号が交わる箇所です。自転車の車道走行を示す矢羽根表示がここまで延びてきました(10月31日施工とのこと)。

  

西駅前交差点歩道橋から南方向、今年4月撮影(右手が茨木郵便局)
西駅前交差点歩道橋から南方向、今年4月撮影(右手が茨木郵便局)

 これまで、南(吹田方面)から伸びてきた矢羽根整備が茨城の郵便局前で止まっていたのは、これはこれで当局の見識かと思っていたのですが、単に予算の都合だったのか。

 

クリックでgoogle mapへ
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 西駅前交差点は横断歩道のない交差点です。歩道橋で歩行者との平面交差を排除した車両オンリーの交差点です。 こうした車優先の交差点に、自転車の通行を示す表示が施されることは、自転車のユーザーとして嬉しくないわけではありません。ようやく念願が叶ったという思いを抱いた自転者もいたことでしょう。じっさい「これで堂々と走れる」「車道を走りやすくなる」といった声がちらほらと入ります。

 

 しかし手放しに歓迎しているのは主にスポーツ系自転者です。下は地元のローカル情報サイトから。慣れと期待と戸惑いの入り交ざったレポートです。

  

 「いばジャル」2018年10月29日(表示施工は月末の数日にかけて行われたようです)

 

 歩道なしの交差点とされるだけあって、この辺りの交通量はかなりのものです。道路交通センサスによると、この西駅前交差点付近の交通量は23,486台(24時間交通量/平成27年度)とあります。また『大阪府の交通白書』では、府内の渋滞ワースト10のうち、じつにその半分が茨木市の主要部に集まっています。

 

大阪の交通白書(平成29年版)より抜粋・加工
大阪の交通白書(平成29年版)より抜粋・加工

 

 この交差点をはさんだ南北およそ2kmほどの間に、北では京阪神をつなぐ一般国道171号が名神高速と連結する茨木インターが、南では本線・側道とも大量の交通量を抱える近畿自動車道が控えています。その間のリンク機能をこの、上下2車線(+右折車線)という低スペックの道路が担う形になっています。

 

 主観的にも産業道路ではこの交差点付近がとくに混雑が酷いような気がします(*1)。道路の容量が絶対的に不足していて、抜本的な対策が望まれる区域です。 

西駅前歩道橋より北方向、今年4月撮影
西駅前歩道橋より北方向、今年4月撮影

 

 そこへ整備されたという自転車通行空間整備なので、ただの矢羽根ではなかるべしと一応は期待しつつ現地へ行って見たのですが、目にしたのはいつもの矢羽根(とピクトサイン)ばかりでした。

 

一般車のドライバーとて思いやろうにも「1.5m」など取りようもない道です。
一般車のドライバーとて思いやろうにも「1.5m」など取りようもない道です。
この付近の街渠は内側にも縁石のような部分が露出していて、通常の街渠よりもガタツキが気になるつくりです。
この付近の街渠は内側にも縁石のような部分が露出していて、通常の街渠よりもガタツキが気になるつくりです。
バスが通ればご覧の通り。
バスが通ればご覧の通り。
こういうスペースを利用して部分的にでも自転者を分離保護する構造にはできないものだろうか。
こういうスペースを利用して部分的にでも自転者を分離保護する構造にはできないものだろうか。

 もとより路肩に余裕のない区間で、幅広の歩道も中央帯のあるような主要幹線でもない道なので空間の再配分までは期待するまでもなかったですが、路面の改修やライン導水型のフラットな街渠の導入などはあってもよいはず、と思いつつ期待はいつも裏切られます。

 

気にせず気軽に走る自転者もいます。
気にせず気軽に走る自転者もいます。

 余裕のスポーツバイクだけでなく、信号待ちや低速で流れている時もしばしばあるので、気にせず気軽に走っている自転者(主に若い男性)も確かにいます。

 

 利用できる人がうまく選んで使って、その分歩道の自転車が減って歩行者との錯綜が減るならこれはこれでええやんか、何を目くじら立てとんねん。という声など聞こえてきそうです。ですが、こうした安易な環境整備を容認することの危うさについて、私たちはよく考えてみなければなりません。 

 主観的判断とはいえ、ごく一般的なママチャリユーザーの目線では、上に掲げた画像の車道通行環境はほぼどれも、自転車の歩道通行の要件を記した道交法63条の四(強調部分)の除外条件に該当すると見てよいでしょう。 


第六十三条の四 普通自転車は、次に掲げるときは、第十七条第一項の規定にかかわらず、歩道を通行することができる。ただし、警察官等が歩行者の安全を確保するため必要があると認めて当該歩道を通行してはならない旨を指示したときは、この限りでない。

一 道路標識等により普通自転車が当該歩道を通行することができることとされているとき。

二 当該普通自転車の運転者が、児童、幼児その他の普通自転車により車道を通行することが危険であると認められるものとして政令で定める者であるとき。

三 前二号に掲げるもののほか、車道又は交通の状況に照らして当該普通自転車の通行の安全を確保するため当該普通自転車が歩道を通行することがやむを得ないと認められるとき。


 矢羽根によって誘導される道路の通行環境は、ドライバーの自転車認知向上が期待されているというだけであって、それ以上の何らの物理的・法的保護もないのです。  

 

 そして幹線道路におけるこうした通行環境整備を容認することは、一部であれその利益に与る利用者があるのは認めるとしても、むしろ一般の自転車利用者が自転車を安全・快適に利用する環境づくりを大きく遠のけてしまうことにつながります。 

 

 国の策定した『安全で快適な自転車利用環境創出ガイドライン』(以下ガイドライン)では整備形態に「車道混在」を選択する許容条件について、当該道路の自動車交通量4,000台以下という「目安」を示しています。

『ガイドライン』(改訂版)より抜粋・加工
『ガイドライン』(改訂版)より抜粋・加工

 法的拘束力はないとはいえ、そこで示されている数値の5倍をも超える交通量の路線(産業道路)に、最も低交通の路線に適用されるべき整備形態があてられています(*2)。産業道路(府道14号)の自転車通行空間整備では、少なくとも「自転車専用通行帯」が選択されるべき整備形態です。 

 

 なお、このガイドラインについて国は2年前に改訂を行って「暫定形態」というのを導入しています。

 

『ガイドライン』(改訂版)より抜粋・加工
『ガイドライン』(改訂版)より抜粋・加工

 

 「暫定形態」とは将来に「完成形態」へ移行させるという前提で走行条件の不十分な通行空間整備を許容して整備の進展加速を図ったもの。今回取り上げた産業道路(府道14号)の道路管理者である大阪府、および当地の自治体でネットワーク計画を含む『自転車利用環境整備計画』を策定している茨木市(*3)が、こうした動きをどこまで踏まえているかは不明ですが、最近の幹線道路への矢羽根などの視覚表示のみによる車道通行空間整備が続発しているのには、この「暫定形態」の導入が影響していると思われます。

 

 けれども「暫定形態」に将来ほんとうに「完成形態」への移行を保証する何かがあるわけではありません。もし暫定形態とは「完成形態」という空手形によるロースペック整備の固定化だとするなら、今は裏返しの'70年代になりかねません。 

  1970年代に、急増する交通事故への緊急措置として自転車の歩道への誘導が図られました。以来、自転車用の通行空間整備は十分に進まないままクルマ本意の道路整備が進められました。世紀が改まってようやくその政策転換が図られたと思ったら、代わって起きているのは限りなく路面標示に偏重した車道走行誘導です。長く続いた歩道誘導への反動からか、車道走行への執着の強い専門家・愛好家と、クルマ偏重の見直しなど本気で考えてはいない行政とが、結果的に手を結んでいる格好です。 

 

 平成の20年代に進んだ自転車の政策化と歩道誘導からの転換の無残な現状。世界有数の利用度を誇るべき日本の自転車ユーザーが、自転車本来の特性に即した環境を享受する環境づくりの枠組みを、私たちは未だ手にできていません。

 

 こうした、交通量のとりわけ多い幹線道路への車道混在通行での整備の是非について尋ねたところ、

 

 ・府土木事務所「ひとつのご意見として伺い、しかるべきところへお伝えします」

 ・茨木署「整備されて走りやすそうになったなあと思っている」
     「この整備案件について警察は反対はしていないし、特に注文付けもしていない」

 

 という旨の返事をいただきました(注:正確な文字起こしではありません)。産業道路(府道14号)の自転車通行空間整備は引き続き北へ延びる予定で、さらに府道129号へも続くとのこと(同じく矢羽根での整備でしょう、とのこと)。国道171号に接する辺りなど引き続き自転車にとっては難所なのですが、キリがないのでこの辺にします。

 


*1 交通センサスの混雑度"1.17"はいま一つ実感とそぐわないですが、上の交通白書の渋滞ランキングがそれを補っているとみるべきだろうか。 

*2 法令基準とは違ってガイドラインというのは、官民の技師が尊重して育ててゆくものかと理解します。厳守する義務はないけれども、もしそれを適用しない場合は、その理由について部外への説明責任が必ず伴う。そうした関係者の緊張が、生産物のクオリティを一定以上に保持するという知恵なのではないでしょうか。しかしながら自転車のガイドラインは都合の良いところを当てはめてゆく政策実行の一ツールに過ぎないもののように伺えます。 

*3 平成27年策定、すなわち「ガイドライン」の改定前