国分寺の事故 -ルール遵守を叫ぶ前に

事故現場:『NHK NEWS WEB』より
事故現場:『NHK NEWS WEB』より

東京国分寺市の都道で今月6日発生した死亡事故を取り上げさせてもらいます。

 

母親が自らの行為でわが子を亡くすという悲惨な事故です。

 

 ただ、こうした事件も話題になるのはごく短い間だけで、次々と押し寄せる情報にたちまち後方に追いやられてゆきそうです。

 

せめて関心の鎮まりきらないうちに考えを記しておこうと思う次第です。

 

↓事故概要(『NHK NEWS WEB』より) 

6日午前、東京・国分寺市で自転車の女性が乗用車と接触して転倒し、おんぶしていた生後7か月の赤ちゃんが頭を強く打って死亡しました。

6日午前10時ごろ、東京・国分寺市東戸倉の都道で、近くに住む山田文栄さん(33)が自転車に乗って道路を横断していたところ、左から来た乗用車と接触して転倒しました。

警視庁によりますと、山田さんは息子で生後7か月の駿成ちゃんをおんぶしていて、駿成ちゃんは転倒した際に頭を強く打って病院に運ばれましたが、その後、死亡が確認されました。山田さんも軽いけがをしました。

現場は横断歩道のない片側一車線の直線道路で、これまでの調べによりますと、自転車は信号待ちをしていた車の間をすり抜けて横断しようとしていて、センターラインを超えたところで乗用車と接触したということです。

ネットや筆者の周囲の反応を見る限り、赤ん坊をおぶって信号待ちの車列をすり抜けて横断しようとした母親へ非難が集中しています。不幸な事故だけれども、事故の内容自体は簡単に捉えられているようです。

 

そのせいか、例えば私がたまたま視聴したテレビ番組(『モーニングショー』テレビ朝日)がそうだたように、事実アナウンスの後はおんぶ紐での自転車利用の是非やヘルメット着用の促進に論点が移ってしまいました。

 

この母親がおぶっていたのは7カ月という乳児なので、基本的にヘルメットという選択肢はないはず。

(何だか、昨今各地で高まっているヘルメット着用促進の機会に便乗されたような感がなくもない)

 

これに対して、母親らがおんぶ紐の着用の禁止を危ぶんでいるのをネットで見ましたが、無理もないかと思う。行政はとかく危険の根本要因ではなく、その直接の誘発行為を抑え込もうとするからだが、幸い今のところ自転車でのおんぶ紐そのものを規制する姿勢はないようです。

 

ともあれこの事故は、その直接の原因が母親の無理な行動にあるので、総じて見れば子供をおぶって自転車で都道を渡ろうとした母親が非難されるのはやむを得ないかと思うのですが、それでもこうした、一見単純な自転車利用者の横着行為が原因のような事故の起きる度に、はたしてそれだけで片づけていいのか、という気持ちが残るのは私だけでしょうか。 

ストリートビュー(google)より
ストリートビュー(google)より

上のストリートビュー(google)画像は日中の静かな時間でしょうか。しかし報道の動画などを見るに現場はかなり交通量がある様子です。

 

車線幅員も狭めで中央帯もなく歩道もごく申し訳程度です。都道とはいってもせいぜい補助幹線(欧米ならふつうの生活道路レベルかも)レベルのインフラで、にもかかわらず規制速度は40km/hとされています。貧弱な水準の道路が地域の幹線として過大な負荷を負っている、日本の都市部には今なお珍しくもない光景です。

合流付近の画像(一つ前の画像と向きが逆になります) ストリートビュー(google)より
合流付近の画像(一つ前の画像と向きが逆になります) ストリートビュー(google)より

上の画像で道路右手の横断歩道のところに細い道が接続していて、母親はそこから都道へ出てそのまま都道を横切ろうとした、らしい。

 

さてこの細い道路ですが、とくに一方通行でもなく、都道へ出る際の進行方向について、とくに規制がされていません。下は細街路から見た画像。

ストリートビュー(google)より
ストリートビュー(google)より

もし右折が禁止だったなら、それを示す規制標識(「指定方向以外進行禁止」)が立てられるはずです。けれどもそれがない以上、ここは左折も右折も可能なことろとなります。

 

一見すると細街路が幹線道路につながる単なる合流点のようですが、実はささやかな丁字路です。 

車がここを右折可能なら、同じく軽「車両」である自転車もこの規定に沿うことになります。

 

母親への非難の主たるポイントは、近くに横断歩道がありながら、いわば横着をしてそのまま横断を図ろうとしたことにありますが、その行動は少なくとも直ちに違反にはならないのではないでしょうか。

 

仮に、母親の移動しようとしたのが直進して対岸のコンビニの駐車場を横切るものだとしても、その外見はおそらく見分けのつかないものです。 (↓細街路からの想定経路)

 

元図を「国土地理院地図切り取りサイト」にて取得
元図を「国土地理院地図切り取りサイト」にて取得

 

もちろん、この右折/横断行為には高いリスクが伴うのは言うまでもありません。

 

しかし彼女に求められるのは、こうした往来の盛んな道路を、車に比べて格段に存在感の小さな自転車が"右折"するに足るだけの十分な注意がなされていたかどうかであって、そもそもここを渡るのがけしからん、というのはいかがなものかと思うのです

 

またその際、都道で車が信号待ちで列をなしていたかどうかというのは二次的な要素なのではないでしょうか?

 

車が走行せず、停止状態にある信号待ち時を横断・右折の好機とみたのは一つの合理的な判断です。交通量の多い道路であればなおさらのこと。車列の間を抜ける際、自転車はほぼ確実にドライバーに認識されます。自転車が車と混在する場合、ドライバーの認知をいかに得るかが安全確保の要であることは、スキルのある自転車利用者ほどよく弁えていることでしょう。

 

なお因みに、もしここを車が右折しようとしたなら、都道の車列が既にこの細街路の合流する地点まで埋まっていない限り、後続の車は(おそらく)右折する車のために一定の車間距離を空けて停車するのではないでしょうか(↓想定図)。 

元図を「国土地理院地図切り取りサイト」にて取得
元図を「国土地理院地図切り取りサイト」にて取得

 車が細街路から幹線路へ出る際の動きとして、ごく普通の光景です。しかし、これが自転車だと同じビヘイビアは発生するでしょうか。

 

自転車の存在感は車と比べて格段に小さいし、車の側にも自転車の側にも、本当の意味で自転車が車両だという認識が希薄なので、自転車の側も、車両として動線をイメージしているわけではないし、車の方も仮に自転車は車両だということが頭ではわかっていたとしても、自転車を車両として遇するとはどういうことか、十分に分かっていないのが現実でしょう。

 

例えば上の図の緑の車のように自転車が動いたとすると、

 

「わっ、自転車が出てきた。危ないからやめてくれ」 

 

などと慌ててしまうのが大多数のドライバーの反応でしょうし、中には自転車を怒鳴りつけるドライバーもいることでしょう。

 

母親を非難する方々の一部には、母親が「車列の間から飛び出した」、と言っているのを見かけますが、根拠がはっきりしません。予断に基づいた発言で当事者のイメージを不用意に増幅する言動は慎まねばならないと、自身もこうして批判がましいものを書くにつけ肝に銘じることです。

 

それから、ほぼ全ての批判者は等閑視していますが、この母親と接触した乗用車のビヘイビアも当然ながら検討されねばなりません(報道からは伝わってこないので取り上げようがないですが)。 

 

まあ、それらは追って取り調べによって明らかになるのを期待するばかりです(警察の情報公開とメディアの報道次第ですが)。

 

繰り返しますが、この母親の右折(横断)行為の危険度が高いのは言うまでもありません。けれども、彼女の行為は直ちに違反でもないはずです。

 


 

同時に私が気になるのは、こうした事故に乗じて危険行為を批判する人たち、とりわけ自転車利用に高い意識を持っている人たちに、強く母親を非難する声をあげている人たちが少なくないことです。

 

自転車の関わる事故の、かなりの割合が自転車利用者が違反を犯しているか、もしくは何らかの形で事故を誘発しているとされています。そのなかで、意識の高い人たちが、重大な事故の発生に際して、自転車利用者に対し厳しい声をあげるのは無理もないことかもしれません。

 

意識的な自転車ユーザーにとっては「また一部の不届き者のせいで自転車の立場が悪くなる」といった意識もはたらくことでしょう。

 

けれども、こうした人たちはいかにも良識を唱えているようですが、その一方で自転車の利用しづらさや、利用者の切実さは見落としてはいないだろうか。

 

出来る限り、当事者はおそらくしかるべき分別と常識的な判断力の持ち主である普通の人だろうと思いたい。結果だけを見て、当事者を特殊扱いすることは、事故の本質理解を遠ざけてしまう。

 

筆者は国分寺に何の縁もなく、土地勘も現地の生活感もないので立ち入った分析はできかねますが、テレビの報道は例えば「近くに横断歩道があるけれども、待ち時間が長い」という声を拾っていました。

 

地図からは、西武線の駅や市役所といった主だった施設が都道の西側に位置しているのが見て取れます。都道の東側に住む住民らにとって、都道はかなりもどかしい存在なのではないかと察します。

 

ただしかし、単に駅方面へ向かうのだとしたら、恋ヶ窪交差点という正規のルートをとって差し支えなかったように思えます。それを、わざわざリスクの高い都道横断をはかったのは、おそらく横断した対岸の駐車場を控えるコンビニ(セブン・イレブン)だったのではないかと思えてきます。

-もっともこれは憶測です。事実からはとにかく府中街道の西側方面に用事があったのだとしか言えません。

 

仮に、母親の意図した経路が横断した先のコンビニだったとした場合の経路を、都道を横断した場合(A)と、最寄りの横断歩道を経由した場合(B)との両方プロットしてみました。

 

距離の違いは一目瞭然です。

 

細街路から都道への合流点から最寄りの横断歩道へは約40メートルほど。ネットなどでは「すぐ近くにあったのに」という書き込みが多数ありますが、けっこう微妙な距離ではないでしょうか。

 

距離だけでなく、この交差点(恋ヶ窪交差点)の変則的な構成も、自転車利用者に正規のルートをとらせる意欲を削ぐものです。

 

このコンビニが目的地(の一つ)だったとすれば、おそらく私も、都道の横断を、高いプライオリティで考えるかと思います。

 

もちろんコンビニが目的地(経由地)だったという確証はありませんが、その確度は低くないだろうと思います。おそらく子供をおぶった母親は、コンビニに寄って何某かの用を済ませてさらに別の目的地へ向かおうとしていた。そんな慌ただしい生活の一場面を想像します。

 

なおここで、コンビニの駐車場に変化が見られるのが目に留まりました。

画像上はストリートビュー(google)より、下は日本テレビより
画像上はストリートビュー(google)より、下は日本テレビより

都道側の入出部が改修されていたのが画像からうかがえます。

ストリートビューの画像(2015年3月)では、通常の縁石だったのが、改修によって道路面に擦り付けられた、ように見えます(かなり応急的な感じですが)。

車利用者への便宜をはかったものかどうか。だとすればこうした改良が、同時に自転車利用者の経路短絡(都道横断)へのハードルを下げたということはなかったでしょうか。

もちろん憶測の域を出ないことで、あくまで参考情報として掲げておきます。


 

停止しない、スピードを落とさない、ショートカットしたいという自転車のわがままには、それなりの理由があると思います。

 

いっそ開き直るようですが 自転車は横着したい乗り物 であり、それは自転車という乗り物の持っている生理というものです。

 

けれども直截的な要求をするだけでは単に利用者本位のわがままと捉えられて見向きもされません。

 

対して警察を中心に行政は「マナーアップ」「自転車危険」といった語を冠したキャンペーンを繰り返して、取締り目線の自転車利用者像づくりを怠りません。

 

しかし今回とりあげたように、一見単なる横着に見えるこの国分寺市の事故でも、ルールと現実の間に相当のギャップのあることが、私には見てとれました。

   

事故の発生に際してルール遵守だけを叫ぶことは、自転車の本来の特性に応じた環境を整備すること、自転車を少しでも使いやすくするインフラ整備の必要性を前面から影に退けることにつながりかねません。

 

それは本気でインフラ整備をする気のない行政にとっては都合のいいことではありませんか。

 

ルールを守りたくても、実際の交通環境がそのようには出来ていない。そういう実情を、面倒だけれども丁寧に訴えてゆく。そうして、ルール遵守と、利用環境の改善向上とを、バランスを欠かないように訴えてゆきたいものです。 

 

現状の、意識の高い自転車ユーザーは、少しストイックすぎるのかもしれません。ルールを守りたくても守れない自転車利用の現実に、もっと向き合わねば。

一部の「善人」サイクリストだけでなく、いわば「悪人」を救うスタンスの転換を求めます。

  

コメント: 6
  • #6

    ブログ主 (月曜日, 08 6月 2020 18:07)

    ワイエムさん コメントありがとうございます。
    「絶対に安全に行動するのが常識」と書かれておられるのがもし、自転車で車道を横断することについての本稿の見解への批判でしたなら、お考えをお聞かせください。
    なお当方も、この事故を起こした母親の行動は、相当なリスクを伴うものだったと認識しております。しかし本稿では事故を起こした母親の行動の是非を云々することには重きを置いておりません。この母親がこのような行動を冒さずにはいられない状況があり、それは不幸な結末に至ったこの件に限らず今も各地で日々起きている、という前提のもと、自転車をめぐる社会の目線等について述べさせていただきました。上記を踏まえて、もしあらためてコメントいただけたら幸いです。

  • #5

    ワイエム (月曜日, 08 6月 2020 00:40)

    ここの道交差点が入り混じってる近くだから当然交通量も多いし他のとこと比べて安全ではない。それなのにこの道を横断しようとするのはあまりにも浅はか。子どもを乗せている時は絶対に安全に行動するのが常識。このお母さんは子どもを持つ責任があまりにもなさすぎると思いました。また運転手も、弁護士でこれから先が明るい人をこんな辛い気持ちにさせらのもひどい話。車が気をつけるのはもちろんだけど自転車なども気をつけ行動してほしい。

  • #4

    ブログ主 (金曜日, 11 5月 2018 21:48)

    国分寺在住さん、現場の様子をお知らせくださって、ありがとうございます。

    悲惨な事故だったですが、当事者の声なり様子なりが伝わってこないまま、ただただ母親への非難の声がメディアを行き交っていたのに日頃の思いが嵩じて書いた記事でした。

    もちろん、この母親のとった行動は極めてリスキーだったことは重々承知しているつもりです。ですが車だったなら何の違和感も持たれない行為(細街路からの右折)が、自転車ならこんなにも大きな批難の対象になること、車なら単にハンドルを右か左にきるだけのことが、自転車には許されず大小のストレスを強いている事、その屈託が取沙汰されることなく、ただただ自転車の行為に批難が集まることへの対抗意見をと思ったのです。

    小金井署にはダメ元で問い合わせてみたのですが、やはり答えられないの一点張りで、限られた情報をもとに想像をふくらませて書きました。

    ところが事件の母親は「左右を確認せずに車の間から飛び出したそう」とのこと。お知らせの通りならほとんど自殺行為です。このような事情が伝わっていたなら、書き方はもっと違っていたかもしれません。

    ですがこの記事は、あの事故を自転車の「身勝手」として片づけてしまう社会と、車を中心にした道路の在り方を問うのが本意で、事故を起こした母親の行為の「正当性」を検証するといった動機は薄いので、お知らせを受けてとくに内容をつくろうつもりはございません。

    お気に障るかもしれませんが、当方自身も、一般の通念との差はよく承知しているつもりです。

  • #3

    ブログ主 (金曜日, 11 5月 2018 21:26)

    Bindeballeさん、コメントありがとうございました。お返事おそくなりたいへん申し訳ないです。さて、神戸の高額判決は、結果的にせよ行政の保険加入促進のダシに使われたようで、私も釈然としない感を抱いています。行政は事故が起きないようにすることにこそ力を傾けてほしいものですが、保険だとかヘルメットだとか、このところ行政はなぜか事故後への対策に熱心です。

  • #2

    国分寺在住ー (木曜日, 10 5月 2018 07:30)

    この事故を目の当たりにしてしまった一人です。
    このお母様は「自転車優先よ」と言わんばかりに左右を確認せずに車の間から飛び出したそうです。
    当ててしまった運転手の若い女性はかなり取り乱していました。
    普通に運転して、制限速度を守って。
    ありえない方向から自転車が飛び出して。
    そして、まさかおんぶの赤ちゃんが死んでしまった。
    警察の方々が直ぐに運転手さんを逮捕していましたが、自殺防止だそうです。
    この身勝手な母親のせいで二人の人生が狂った事を。
    母親って謙虚で強くて正確で的確で。
    全ての子供の見本になるべきだと痛感しました。
    この母親はかなりだらしない服装だったので、まさに横着が招いた災いですね

  • #1

    Bindeballe (火曜日, 01 5月 2018 09:05)

    夢中になって読みました。自転車保険加入推進の際に必ず引き合いだされる2013年神戸市北区で起きた以下の事故の判決にはいまでも疑問を持っています。
    https://cyclist.sanspo.com/83116
    写真で見る限り道路がお粗末なのが気にかかるのです。